今日、とても悲しいニュースを知りました。
およそ30年前、ドイツ留学中に出会って仲良くしてもらっていたFさんの訃報です。
クウェート人のお兄さんで、とても愉快な人でした。
今日は、追悼の気持ちを込めて、
このFという人との思い出を書きたいと思います。
当時、二十歳そこそこだった私は、いつもFにからかわれていました。
特に、その時まで英語の発音なんて気にしたことがなかった私は、LとRの違いも知らず、日本式の英語で話していたら
「君の英語の発音はなんだ!ははは」と大笑いされました。
人の外国語を聞いて笑うなんて本当に失礼だと思うかも知れません。
当時の私も、ひどいと思っていました。
しかし、今は心から感謝しています。
あのとき笑われなければ、私はずっと発音なんて気にしなかったと思います。
今でも、新しい外国語を学ぶときには、必ず発音をしっかり練習するようにしているのですが、これはFのお陰です。
Fは、料理が上手でした。
当時、炊飯器でしかお米を炊いたことがなかった私に、鍋で炊く方法を教えてくれたのもFです。
日本のお米しか食べたことがなく、炊飯器もなく、途方に暮れていた私に、アラブのおいしいお米を教えてくれました。
また、アボカドといえば、わさびと醤油でしか食べたことのなかった私に、レモンと塩コショウ、オリーブで味付けたおいしいサンドイッチを作ってくれました。
お礼にレトルトの味噌汁をあげたら、驚くほどまずいと言っていました。笑
味噌汁をまずいと言われたのはカルチャーショックでした。
ときどき、アラブレストランにも誘われて一緒に食べに行ったのですが、ほぼ毎回、私は食あたりで大変でした。
どれも、懐かしい思い出です。
アラビア語の美しさを教えてくれたのもFです。
25年かかったけど、文字が読めるようになったよー!
途中から、Fはフランスのパリにある会社に就職したので、パリにも何度か遊びに行かせてもらいました。
会社の食堂にも連れていってもらったのですが、フランス人は昼ご飯でワインを飲むんだよ、と教えてくれました。
また、叱られることもよくありました。
当時は、ドイツはマルク、フランスはフランと、通過が異なっており、
バカなわたしは、地下鉄の中でフランを財布から出してFに「きれいねー」などとはしゃぎながら無邪気に話しかけていました。
その後、地下鉄を降りた私たちはスリにあい、
地下鉄でお金を出すとは何事かと叱られました。
世間知らずだった私に、心底あきれつつも、本当にいろんなことを辛抱強く教えてくれました。
その他、私にRというドイツ人の友だちも紹介してくれました。
二人は、学生時代ルームメイトだったそうです。
(Fは、クウェートからドイツに留学し、ドイツで就職していました。)
私が日本に帰る前に、Fと一緒にRの実家に泊まりに行きました。
その後、Fとは連絡が途絶えてしまったものの、Rの方とはご縁が続いています。
この夏、私はRと9年ぶりに会おうと話しているのですが、前回(2016年)会ったときも二人で「Fと連絡してる?」などと話していました。
私たちを引き合わせてくれたのはFだからです。
今回も、Rと会えば必ずFの話になるからと、
Fをネットで検索してみました。
すると、面影のある懐かしい顔が出てきました!
白髪交じりになって、以前より貫禄が出ていました。
なんだか、とっても偉くなっているみたいです。
SNSのアカウントもあるようなので、連絡を取ってみようと思いました。
「この夏に、あなたのお陰で知りあったRと会うんだよ」、と。
しかし、そこには息子さんの代筆で「父は亡くなりました」と書いてありました。
ほんの、5日前に書かれたばかりでした。
Fはまだ60そこそこです。
まさか、亡くなっているなんて考えてもいませんでした。
ここ数年、病気と闘っていたそうです。
F自身もノートを遺していました。治療のこと、治療をやめたこと。
そこには、治療をやめて幸せを感じられるようになったと書いてありました。
Fのお陰で、私はいろんなことを学び、多くの新しい世界に触れることができました。
帰国するときも、ミュンヘンの空港まで見送りに来てくれ、涙の別れをしました。
もう、話ができないと思うと寂しいですが、
彼に教えてもらったいろんなことと楽しい思い出は、ずっと忘れません。

写真は、Fと出会った、大好きなミュンヘン。
本当に、本当に、ありがとうね。
どうか、安らかにお眠りください。